Travel Notes 8

朝のベルリンツォー駅に着いたドイツ国鉄の夜行列車

 正式国名 ドイツ連邦共和国
 面積    日本の95%
 人口    8256万人
 首都    ベルリン。人口340万人
 言語    ドイツ語
 通貨    ユーロ

ベルリンの朝

 朝9時11分、僕を乗せたDBドイツ国鉄の夜行列車は定刻通り
ベルリンツォー駅に到着した。

 ホームに降りると朝の清々しい空気が心地よかった。
夜行列車は僕を降ろした後、終着駅ベルリンオスト駅に向かって動き
出す。昨夜一緒だった韓国の若者3人が窓から身を乗り出して手を
振ってくれた。


 新しい街に朝到着するというのは気持ちがいいものだ。
とりあえずこれからの予定が何も決まってない僕は、駅前にある
ツーリストインフォメーションに寄ってみる。


 ツーリストインフォメーションに入ったところで英語ができるわけで
はないので何も聞き出す情報はないのだが、無料の市街地図と
地下鉄の路線図を手に入れようという魂胆だ。

 お目当てのフリーマップを探してみるが置いていない。

 女性職員に市街地図と路線図はないのかと聞いてみると、あること
はあるけど有料で1ユーロよ。
 まぁ1ユーロくらいだったらいいか、ベルリンは結構広いので地下鉄
を多用することになりそうだ、1ユーロの元は取れるだろう。


 ツーリストインフォメーションで手に入れた地図を広げとりあえず
あてもなく歩いてみることにした。

 駅周辺はとても閑散としていて、パリやブリュッセルとは明らかに
雰囲気が異なる、なにかとても寂しい感じだ。
 これが本当に一国の首都の中央駅なのだろうか・・・。


 とりあえず駅前の大きな通り沿いに歩いてみる。
 歩き出すとすぐに壊れた教会が見えた、カイザー・ヴィルヘルム記念教会だ。
この教会は第2次世界大戦の放火で崩れたままの姿で保存されているのだ。


 しばらく歩くと左手は町の中央に横たわる公園、緑豊かなティーア
ガルテンだ、公園沿いをしばらく歩き続けると園内にあるベルリン動物園
の入り口が見えて来た、朝の10時前、まだ開園してないようだ。

 通りを歩く人はまばらで、道路を走る車も少ない。

 そのまま道沿いにしばらく歩くと左手に塔が見えてきた。

ユーゲントヘアベルゲ

戦勝記念塔に続くティーアガルテン公園の歩道

 ティーアガルテン公園沿いの気持ちのいい緑の歩道を塔に向かって歩く。
 時折ジョギングをする人とすれ違う以外はほとんど誰とも会わない。

 これで本当に一国の首都なのだろうか。

 5分ほど歩くと公園の中央、戦勝記念塔ジーゲスゾイレに着いた。
1864年デンマークに、1899年オーストリアに、そして1871年フランスに
勝利した記念に建てられた塔だ。
 高く伸びた塔のまわりにはデンマーク、オーストリア、フランスの大砲
を模した金色の彫刻が囲い、そのてっぺんに勝利の女神ヴィクトリアが
金色に輝いていた。
 映画『ベルリン・天使の詩』の中で、中年天使が羽を休めた場所だ。

 このまま宛てもなく歩き続けても仕方ないので僕は塔の周りのベンチに
腰掛け今日これからの予定をガイドブックとにらめっこしながら考えてみた。


 とりあえず今夜の宿を確保して、重いザックを置きたい。
ドイツはユースホステル発祥の地だ、スウェーデンまでの移動費を
考えると無駄な出費は避けたいところだ。
 今夜はベルリンのユースホステルに泊まることにする。
ガイドブックを見るとドイツのユースはシーズン中きわめて競争率が
高いらしい、フロントは10時〜17時の間クローズするので、できれば
クローズ前の早い時間にチェックインを済ませること、と書いてある。

 ん!?10時?!

時計を見ると時刻は9時35分だった。
やばい!!急がないと今夜の宿が確保できないばかりか、この重い
ザックを今日一日背負って観光する羽目になる。

 狙いをつけたホステルはここから一番近い駅ティーアガルテンから
近郊列車で5つ目の駅アレキサンダー広場駅から地下鉄に乗り換え
て一つ目だった。

 やばい・・・、急がねば!!
こうなったらやむをえない、タクシーを使おう、タクシー代は痛いが
ユースの安いベッドが確保できないほうが痛い。

 急いでガイドブックをしまうとザックを背負いティーアガルテン駅方面
へと駆け出した。
 6月17日通りをタクシーが通るたびに停めようと試みたが
ヨーロッパではあまり流しのタクシーはいない。
 すべて先客がいたために停まってもらえなかった。
しかたなく駅まで700mほど走るが駅は思ったより小さくタクシーは
いなかった。


 時計を見ると9時40分、間に合うかどうかわからないが、電車で
向かうしかない。
 階段を登りホームにあがって自動券売機で切符を買っていると列車
が入ってきた、それに乗り込もうと焦るが、操作になれない機械に
手こずっている間に無情にもドアが閉まり列車は走り出してしまう。


 しまった、完全にミスった、次の電車は!!

掲示板によると次は8分後だ、8分後に来た列車に飛び乗る。
 他のヨーロッパの鉄道と違い、ドイツの列車は次の停車駅の案内
をいかにもドイツらしいお堅く暗い男性の声でアナウンスしてくれた。

 ただでさえドイツ語はお堅いイメージなのにそれを強調する。

 ヨーロッパの列車はたいてい自転車もペットも積み込めるようだ。
学生たちが自転車を持ったまま乗り込んでくる。

 ドイツの近郊列車はSバーン、地下鉄はUバーン、ドイツ国鉄はDバーン
と名前がついてる。
 このバーンBahnとはどういう意味なのだろうか、アウトバーンとかあるから
道とか線といった意味なのだろうか、学生時代にドイツ語を選択しなかった
のでわからない。

10分ほどで僕の乗ったSバーンはアレキサンダー広場駅に着いた。

Telephones in Germany

無意識で電話をかけた。

時刻は10時、2分前、このまま地下鉄に乗っては間に合わない。

 僕はホームを降りると無意識に公衆電話に向かった。
20セントコインを入れガイドブックに載っているホステルの番号をダイヤルする。

 電話をかけながら思ったが、俺ドイツ語はおろか英語もできないわ。。。

そんなことはお構いなしで電話は繋がった。
 「HELLO?」よかった?英語だ、(英語でもダメなんだけど・・・)

僕はベッドはあるか?と中学レベルの英語で聞いてみた。
 1人か?名前は?などと聞いてくるのでわかるレベルで
答える、今、アレクサンダー広場駅にいる、いまから大急ぎで行くから
ベッドを確保しておいてくれと言うと相手はなにか英語で返してきたがが
何を言ってるのかよくわからなかった、わからないと向こうも察してくれたのか、
めんどくさくなったのか「OK!!今すぐ来い!!」と言ってくれた。

 受話器を置いて電話を切る。

 海外での電話は2度目だったが、何とかなるもんだ。
言葉が通じなくても身振り手振りで大抵のことは切り抜けられる
のだが、電話だとそうは行かない。

 語学力がモノをいうはずだが、何とかなった、伝えようとする熱意が
あれば言葉が通じなくても何とかなる、そう思った。

外国人から見た日本

ポツダム広場でウィンナーを売るおじさん、ホットプレートをぶら下げて立ちながら調理する。

 Uバーンの駅を降りるとホステルはすぐ目の前にあった。
ここはベルリンの壁の東側、旧東ベルリン地区だ。

 階段を登り2階のフロントに行くと女性が座っていてロビーのソファー
やテーブルには世界中から集まった若者がくつろいでいる。

 カウンターの女性にさっき電話をした旨を伝えパスポートを渡し
チェックイン手続きをする。
(実はここはドミトリーだけどユースではなく、フロント10時クローズ説
は当てはまらないらしい、焦って損した。)
 宿代の17ユーロ(2300円、安い!!)を支払い説明を受けると
部屋に入り空いてるベッドにザックを放り投げる。

 10人の相部屋だ。

部屋ではオーストラリアの青年がくつろいでいた。
挨拶をすると話しかけてくる、どこから来た、東京か、東京は去年
行ったがとても驚いた、すごい街だ!!彼は興奮気味に去年行った
東京での経験を次々と矢継ぎ早に語った。


海外の人が日本に来るととても驚くだろう、特に東京はものすごい。
おそらく世界で一番巨大で、人で溢れ返り、所狭しとビルが林立し、
原色のネオンがまたたき、網の目のように線路が張り巡らされている。

こんな街は世界中探したってまずない。

中世から大きく町並みを変えないヨーロッパに住む人から見れば特にだ。
知り合いのロンドンから来た英会話講師があまりのカルチャーショック
に3週間でリタイアして帰ってしまった。

(イルハンも帰っちゃったし、ロストイントランスレーションなんて映画もあるしね。)


日本にいると世界の中の日本が見えない。


 彼と話すのもつかれるのでザックからガイドブックをひっぱり出すと部屋
を出て、ロビーで今日の予定を考えることにした。
 ロビーで今日の予定を立てていると隣のテーブルでトランプをしていた
若者が一緒にやらないかと誘ってくる。

 言葉もルールもわからないので遠慮した。

 今日はどうしようか、ベルリンの壁は見ておきたい、そんなことを考えていると
「どこから来たんですか?」日本語で話しかけられた。





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